世界教育フォーラム参加報告

三宅隆史(教育協力NGOネットワーク、シャンティ国際ボランティア会)

201564

 

1.概要

韓国政府およびユネスコの主催により世界教育フォーラム(以下WEF)は2015520日から22日にインチョンで開かれ、130カ国からの教育大臣等閣僚を含む1,500名が参加した。2000年のダカールでの会合以来、15年ぶりに開かれた世界教育フォーラムは、EFA目標の達成度と課題を振り返り、2030年までの行動計画を記した「インチョン行動枠組み」と会合の参加国の政治的決意を示した「インチョン宣言」を合意することが当初の目的であった。しかしながら、前回のダカール会合で決まったEFA6目標のうち初等教育完全普及と教育におけるジェンダー格差の解消という2つの目標しかミレニアム開発目標(MDGs)に含まれなかったため他の4目標(幼児教育、成人識字、若者と成人の教育、教育の質)が無視され、過去15年間進捗がほとんど見られなかったことの反省から、ユネスコが主導するEFA運営委員会は、ポスト2015の教育課題の案として、EFAの進捗をモニターするためのGlobal Education Meetingが昨年度合意したマスカット合意を正式に今回のWEFで合意することをあきらめ、今年の9月の国連総会で合意されるSustainable Development Goalsの現在の案であるOpen Working Groupが提案している教育の目標(ゴール4)とそのターゲットをインチョンで仮に合意し、このターゲット達成のための手段を議論することをWEFの目的とした。したがって、「インチョン行動枠組み」は、9月の国連総会の後、EFA運営委員会修正加えて、11月にパリで開かれる第38回ユネスコ総会期間中に開かれる閣僚級会合で採択されることになった。ユネスコのタン事務局長補によると、マスカット合意に含まれているが、OWG提案に含まれていないターゲットは、すべて「インチョン枠組み」に盛り込んだという。一方、「インチョン宣言」は今回の会合で正式に採択された。

EFA目標とMDGsSDGs4の案の比較は以下の通り。

EFA運営委員会はユネスコ加盟国や国連機関で構成されているが、CSO枠は3席あり、Education International, GCE, ASPBAEが委員となっている。またアジアの枠で日本政府を代表して広島大学の吉田和浩先生が副議長として参加している。

日本政府代表は、前川喜平文部科学省審議官(英語のタイトルはDeputy Ministerで閣僚扱い)が首席代表を務められた。文科省から国際課、外務省から地球規模課題総括課、JICA人間開発部が参加された。日本のNGOからは、JNNEの他、開発教育協会、ACCU、日本ユネスコ協会連盟から参加された。

 本会合前に1日半かけて開かれたNGOフォーラムは、本会合の成果文書に影響を与えるために、宣言を採択した。NGO宣言は、

http://www.unesco.org/new/fileadmin/MULTIMEDIA/HQ/ED/pdf/2015-NGOForum-Declaration-FinalDraft.pdf#search='world+education+forum+NGO+declaration' を参照。なお、NGOフォーラムは、WEFの正式なプログラムであり、Open Society Foundation (OSF)が財政支援した。

 本会合では枠組みおよび指標はほとんど議論がなされず、もっぱら、インチョン宣言について議論が行われた。

 

2. NGOの動き

 韓国には、JNNEのような教育協力のNGOの連合体はなかったため、アドボカシー系NGOの連合体であるKoFIDKorea Civil Society Forum on International Development Cooperation)内に、教育ワーキンググループを昨年9月に設立され、16NGOが参加している。なお韓国にはKCOCKorean NGO Council for Overseas Development Cooperation)というサービス提供型NGOの連合体もある。NGOフォーラムには約40名が参加していたものの、本会合には6名しか参加できなかった。一方、韓国政府代表団は60名であった。

 会議場の外では、過度の受験教育、若者の自殺、世帯が負担する教育費用の高さなど韓国の教育の負の側面を訴える展示やプラカードを掲げる人たちがいた。

 ジェフリー・サックスが司会を務めた、本会合の「韓国の発展における教育の役割」についての全体会合では、OECD教育局長、世銀教育担当官、韓国の研究者らが韓国の教育を絶賛したが、パネリスト7名がすべて男性であったこともあり、韓国のNGO代表は、「韓国の教育の影の部分には全く及せず、1時間30分もの間賛美し続けることが、どうしてできようか。多くの子どもたちが成績のために苦痛を抱え、親たちは教育のために借金をし、その借金を返済するために一生苦しむという問題に対しては、誰も言及しなかった」と批判した(「朝鮮日報」)。上記の教育WGは、韓国政府とユネスコに対して、このセッションのパネリストのジェンダーバランスの悪さおよび内容の質の低さを批判する書簡を提出するとのことである。

 NGOの政府代表団への参加については、アジア地域では、カンボジア、バングラデシュ、パキスタンの代表団にEFAのためのCSO連合体の代表が含まれた。ドナー国では、ドイツ、フランス、フィンランドの代表団にNGOが含まれた。

 NGOのロビイング戦略は、@NGO宣言を通じてクリアーなメッセージを共有し、政府代表に伝えること、A全体会、分科会で可能な限り宣言の内容をいろんな人が発言すること、B起草委員会に入ること(EFA運営委員会にNGO代表が3名入っているので今回は自動的に確保された)、C政府代表、特に首席代表と会合を持ち、発言・スピーチに影響を与えること、D毎日CSOのコーカス(作戦会議)を持つこと、であった。CSOコーカスは、GCEが毎晩開いたが、ASPBAE、北のNGOのグループだけの会合も開かれた。

 NGOの本会合における主要な争点は、財政(国内資金、援助資金、results based financingなどの支援メカニズム、税収増含む)、民営化、教育の質であった。なお、現在85か国にGCEに加盟しているEFAのためのCSO連合体が存在する。

 最終日に成果文書であるインチョン宣言が、議論、修正のうえ、採択された。宣言はhttps://en.unesco.org/world-education-forum-2015/incheon-declaration を参照。

 

3. 会議の成果と課題

 成果文書である「インチョン宣言」の主な成果は以下の通り。第1に、教育は権利であり、公共財であることが明記された(パラ5)。また、義務履行者としての政府が、教育サービスの実施に第一義的な責任を負うことも明記された(パラ12)。第2に、初等中等教育を無償化し、うち9年(小学、中学)を義務化することが明記された(パラ6)。これによりOWGのターゲット1と整合性を持つことになった。第3に教育の質を保障するのは教員であることが強い表現で明記された。教育の力量形成、教員の適正数確保、適切な研修、専門職としての認知、充分な資金と環境、士気を高めるための支援を拡充する旨を保障するとしている(パラ9)。また教員の地位、待遇、条件についてのコミットメントは、教育者(educator)という表現でノンフォーマル教育、青少年教育の指導者も同様に扱われている。第4に宣言は、紛争国、災害時における教育を重視し、緊急、復旧、復興時を通じて教育が続くことを保証するとしている(パラ11)

5に、教育支出を少なくともGNP4-6%、公共支出の15-20%以上という目標値を達成することを求めることを合意した(パラ14)。会議に配布された宣言案では、at leastという表現はなかったので、この点はNGOに よる獲得と言える。また、一部の国から強く提案された民間セクターの役割や教育の民営化を推進する旨について一切言及は残らなかった。代わりに、「教育へ の権利を促進するためのあらゆる潜在的な資金の扉を開けることの重要性を認識する」という文が合意された。これは、民間セクターは公教育を強化する役割を 担うことを提唱しているという点においても意義がある。

6に、援助については、Global Partnership for Educationの役割の強化が合意され、GPEを世界レベルの教育援助調整メカニズムの一部となることを勧告した(パラ16)。また調整と調和化、軽視されたサブセクターや国を優先すべきとしており、これを具現化しているのがGPEであることは明らかである(パラ15)。

7に 原案になかったジェンダーについて独立したパラグラフが追加され、教育におけるジェンダー平等を確保するために、ジェンダーに配慮した政策、計画、学習環 境を支援し、教員研修やカリキュラムにおけるジェンダーの課題を主流化し、学校でのジェンダーによる差別、暴力をなくすことを約束するとした(パラ8)。第8に、Inclusion and equityのパラ8は、especially those with disabilities, to ensure that no one is left behind.と障害者が明記され、より強い表現となった。結果として、NGO宣言にまとめられたNGOの提案のうち概ね7割は成果文書に反映されたものと考えられる。

 一方、課題も残された。第1ODAについて、ODA10%を基礎教育に配分あるいは基礎教育援助額を倍増(現状4%)する、人道援助における教育援助額増(現状の2%から4%)というNGOの宣言のパラ14にある提案は合意されなかった。また「EFA達成に真剣に取り組む国は資金不足によってその達成がさまたげられてはならない」というダカール行動枠組みの公約は、確認されなかった。

 第2に、NGOが提案した税収増額の必要性は全く言及されなかった。税収増税制拡大によって、67カか国で教育予算を1,530億ドル増額することが可能である(GMR2014)。これは、本会合が教育大臣の会合であって、財務大臣はほとんど出席していないことから、歳入については議論する権限がないという理由からであった。ODAの基礎社会サービスへの増額、公正な課税(Tax justice)については、7月の開発資金会合で、合意されることが望まれる。

 第3に、NGOが提案していた教育の民主化、改善を求める人びとの擁護について一切、言及はなかった(NGO宣言パラ12)。3月にミャンマーで教育法の改善を求める学生76名が逮捕され、現在も拘留中であることや韓国での教員組合に対する政府による弾圧などが起きており、この点は、CSONGOにとって今後、非常に重要な課題である。

 今後の課題は、日本を含む40か国(ドナーおよび途上国政府)、機関が招待される予定の74,5日のOslo Summit on Education for Development、同月の開発資金会合、9月の国連総会が山場となる。SDGsの指標は来年3月に確定する予定であるが、教育目標については、EFA運営委員会がインプットすることになっている。

教育サミットは、ノルウェー政府の呼びかけにより開かれるもので、国連の公式なプロセスではない。教育の財政、質、INEESCが提唱している緊急時の教育支援のための財政メカニズムの設立が主要な議題となる。

 

4. 謝辞

JICS(日本国際協力システム)のNGO支援事業による助成金によって、JNNEからの参加者2名の旅費は支援された。謝意を表します。